大判例

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東京高等裁判所 昭和31年(う)2559号 判決

被告人 浅倉末男

〔抄 録〕

第二点について。

原判決挙示の各証拠を総合し、これによつて認められる本件犯行の経緯、犯行に供せられた兇器の性状、創傷の部位程度と、右証拠として引用された、被告人が原審公判廷において裁判長の質問に対してなした供述とを総合考察すれば、被告人は本件犯行当時加藤喜一郎の死亡の結果につき少くとも未必的な認識があつたものと認めるのが相当であつて、原判決が被告人に殺人の未必的故意があつたと認めたことは所論のように採証の法則に違反し事実を誤認した違法があるとは認められない。また当審における事実の取調の結果によるも原判決がこの点において事実誤認の違法あるものとは認められない。故に論旨は理由がない。(なお本件記録によれば鑑定人小林軍次の鑑定書に記載された被害者の血液型と鑑定人加藤博の鑑定書に記載された本件短刀に附着していた血痕の血液型とが一致しないので、果して右短刀が本件犯行に使用されたかどうかにつき疑を容れる余地があるようであるが、当審における証人小林軍次、同加藤博の取調の結果によれば、本件死体解剖の際行われた被害者の血液の検査の結果、右血液は抗A抗Bの血清に反応し明らかにAB型の血液であつたこと、本件短刀に附着した血液はO型と記載されているが、その血液は微量であつて、抗A、抗Bの血清に対しいずれも反応を呈しなかつたのでこれをO型の血液と判定したものであるが、その血液が極めて微量の為、A型B型の反応を呈しなかつたと云うことも考えられ右血液がAB型であることと必ずしも矛盾するものでないことが認められるからこれと原判決の挙示する他の証拠とを総合して、前記短刀を本件犯行に用いられた兇器と認めるのが相当である。)

しかし職権により原判決の事実の認定並びに法令適用の当否につき調査すると、原審は、判示のように事実を認定した上本件は誤想に基く防衛行為がその程度を超えたものであるとして過剰防衛に関する刑法第三十六条第二項の規定を適用し法律上の減軽を行つているのであるが、この点は事実の認定並びに法令の適用を誤つたもので、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかなものと認める。即ち原判決挙示の証拠並びに当審における事実の取調の結果に徴すると、被告人が前記短刀を懐中に入れて部屋に引き返したとき、加藤がなおも興奮して再び電気スタンドを手にしようとしたので、被告人がその手を払いのけたところ、加藤はやつたなと云いながら右手をズボンのポケットに入れたところから被告人は突嗟に同人がポケットから短刀でも出すのではないかと思い、機先を制して判示のように同人を死に致すかも知れないと認識しながら前記短刀を抜いて同人の左側腹部に突き刺したものであつて、本件記録を調査するも加藤が当時兇器を所持していたと認められる何らの根拠も見出されないのみならず当時の被害者と被告人の位置、対峙状態等から見て当時の被害者加藤の挙動は未だ以て急迫不正の侵害と認めるに足りないものである。(この意味において本件につき正当防衛又は過剰防衛を論ずる余地はない)しかるにこれに対し、被告人が、加藤が右のようにポケツトに手を入れるのを見て短刀でも出すのではないかと直感し機先を制しなければ我身が危いと感じたことが誤想防衛として被告人の責任に消長を来すものかどうかを考えて見ると仮に原判決認定のように当時被告人が機先を制しなければ我身が危いと感じたとしても被告人の本件行為をいわゆる誤想防衛行為と認めることはできない。蓋し、誤想防衛行為とは正当防衛行為の客観的要件である急迫不正の侵害が存在しないのに、犯人がかかる事由が存在するものと誤信し、正当防衛の意思を以てその誤想による侵害に対し已むを得ざる反撃行為に出た場合をいい、このような場合には犯人にその犯意があるものとすることはできない(犯意を阻却する)とされるのであるが、このような誤想防衛が、成立するには、犯人の認識した内容(誤想による侵害)が犯人のなした反撃行為を已むを得ない防衛行為と認めさせる程度の急迫不正の事由に該当するものであつて、且つ当時の客観的事情から見て、犯人がそのような急迫不正の侵害があると誤認したことが相当と認められる場合であることを要すると解すべきである。しかるに本件の場合のように被告人が、相手方が右手をポケツトに入れるのを見て刃物を持つているものと誤信し、機先を制し直ちに反撃に出たような場合は、被告人の認識した内容自体が未だ被告人のとつた反撃行為を必要已むを得ないものと是認させる程度の急迫性があるものとは認められないからである。しかるに原審が本件を誤想に基く防衛行為であるとし、ただその程度を超えたものであるとして過剰防衛の法条を適用したのは事実を誤認し法令の解釈適用を誤つた違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点において原判決は破棄を免れない。

(谷中 坂間 荒川)

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